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数日後、スワッチを受け取った田村氏から返答の電話がかかってきました。
「サンプルを確認しました。提案してくれたイエローで、見てみたいです。トリミングカラーはスティールシルバーで行きましょう。それと、全体を明るい印象にしたいから、カーボンファイバーは使いたくない。サイドもコンビネーションにしませんか?」
薄氷の第一提案で、まずは最初の正解を導いたことに少し胸を撫で下ろしました。しかしながら、まだ画像でしか見たことのないZプロトのイエローを、しかもエレナから “もらったサンプルレザー” で強引に提案したことは、果たして正解だったのか。
新しいZプロト仕様のイデアコルサは、近日中に行われるプロモーションイベントで使用したいので、可能であれば1日でも早く必要とのことでした。もちろん、一度走り始めてしまったプロジェクトは、もう止めることはできません。
とにかく完璧な状態でミス無く作り終える必要がある。多くの不安を抱えたまま、絶対に失敗することのできないサンプル制作が始まりました。ミステイクを防止するために、裁断は全て包丁を使った手裁断で行われ、革の細部を薄くする革漉きの作業ももちろんネグローニのファクトリーで行われます。レザーに刃が入る瞬間は強い緊張が走りました。失敗してしまった瞬間にもう再現は不可能ですし、ましてや、扱ったことの無いレザーの初回はトラブルがつきものです。製甲工程もネグローニの内部の職人によって慎重に行われ、底付け作業も限られた数人の手によって行われました。靴紐は当初はホワイトの想定でしたが、色彩のハレーションを抑えるために、1足分だけ染め上げの加工を施し、従来のラインナップになかった淡いグレーのシューレースにアレンジしました。
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2020年10月1日。
田村 「今から横浜に来れませんか?
今日ならちょうど、Zが最高のタイミングで見られる」
靴が完成した旨を伝える電話の中で、
田村氏は私が全く予期していなかった、「本物のZプロトとの対面」を提案してきました。
場所は横浜みなとみらいのニッサンパビリオンの会場内。その日はメンテナンスのための休館日とのこと。
この2週間、モニターに穴が開くほどにZプロトの画像を見続けてきました。しかし靴が完成に近づくにつれて、色に対する不安は日に日に膨れ上がっていました。ファクトリーの照明下で見るシューズは縫製が進むとまるでライムグリーンに近いカラーに思え、モニターやモバイル画面で見るZのプロモーション用画像は明らかに薄いイエローに見えるのです。モニター画面の目の前に置いた靴は、画像と比べると明らかに別物のように思えました。実物のZと比べてしまっては、大きく色が違ってしまうのではないか。あまりに突然の提案で余計に不安は過ぎりましたが、もちろんこんな機会はまたと無いですし、「行けない」という選択肢はありませんでした。
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同日夕方。田村氏の後に付いてパビリオンの通用口から無機質な扉をいくつも抜けると、一際天井の高い空間が広がっていました。すらりと伸びた半円形のフロアラインとリンクして、幾十にもレイヤーされた有機的なウッドパネルが柱の様に天井まで伸びていて、まるで大きな木の幹の下に居る様な感覚を覚えます。見上げると、無数のダウンライトとサウンドシステムが吊り下げられている、大規模なスタジオフレーム。巨大なパビリオンの空間に反して、その時間に整備している人は数えるほどしかいません。
会場を覆う巨大なスクリーンでは、様々なテスト映像のモニターサウンドが反響していて、普段行われているイベント規模の大きさを物語っています。この時期のニッサンパビリオンでは、展示されたZプロトを見る人が詰めかけていて入場制限が起きている程だと聞いていました。
この日は閉館日。田村氏が言っていた通り、
まさに “Zが最高のタイミングで見られる日”。
田村氏が足早に歩を進める先に、黄色いボディが見えました。
この最高に贅沢な環境で、あのZプロトを見られる
という高揚感とともに、
私は恐る恐るイデアコルサを箱から取り出して、
眩しく光っているZプロトの横に置いてみました。
手元から離れていくうちに、強いスポットライトを浴びた
革の色彩が、徐々に変化していくことを感じました。
Zプロトの横に初めて置かれたイデアコルサの色は、まるでアッパーの一部が溶け出しているかの様に、ボディカラーと同化していました。それは、製作者である宮部も、隣に居た田村氏ですらも言葉を失う程の驚くべき色の近似。目視で錯覚が起きるほどです。私たちはプロダクト同士の偶然の出会いがもたらした目の前の光景に、ただただ見入っていました。
田村 「宮部さん、やろうよ。 今がそのタイミングだと思う」
彼が “やろう” と言ったことが、この目の前のプロダクトを “世の中に出そう” ということだと、直ぐに悟りました。
そして、プライベートな偶然によって引き寄せられたイエローのレザーで制作された靴が、想像もつかない大きなプロジェクトへと進んでいくことに、私も疑う余地はありませんでした。
プロダクトが目指すべきビジョンは、目の前の光景が、
何よりも物語っていたのです。
〈3へつづく〉
Photography: 日産自動車株式会社 | NEGRONI
Text: Shuhei Miyabe / NEGRONI