外装や色彩は心をときめかせるものでありたいが、そのプロダクトが使用されている時くらいは、存在を過度に意識させずに、あくまで「黒子」の様な存在でありたい。
新しいソールを求めて
新しいソールの開発には2年の歳月をかけてしまったが、お陰で多くの素晴らしい素材たちと出会うことができた。 材料を切って、接着して、削って、色を塗っては磨いて...を繰り返していくうちに、煩雑だったアイデアは徐々にはぎ取られて、シンプルになっていった。 軽量で心地よいVibram Gumliteはクレープソールの様なごく細かい発泡柄の意匠が特徴的だ。イタリア本国のビブラムファクトリーのみ生産される特別な発泡ラバーは、数多くのゴム素材を試した末に行き着いた最適解ではないかと思う。均一に敷き詰められた気泡が、歩くときにも、ペダル操作の時にも絶妙なグリップを感じることができる。
手仕事と美意識
ドレスヒール仕立てのドライビングソールを設計することは、まさに「二律背反」の課題であった。 従来の半円柱状のドレスヒール形状ではペダル操作時にかかと接地が安定しないため、ヒールの一部をテーパードカットに削り出した。角度自体は10度ほどと、ごくわずかな数値に留めているが、日常生活で運転をする上では申し分ない設計にできていると思う。
またドレスソールならではの意匠であるウェルトライン(ソールから迫り出す押渕部分)は、真上から見た時にトウの形状とのクリアランスを面一で収まるようにデザインした。これは靴同士の引っ掛かりや、ペダル操作への無駄な干渉を防ぐためである。また、縦に厚みのあるレザーウェルトは、横から見るとダブルソールのような趣があり、一体成型のラバーソールにはない、繊細な手仕事感を感じる。ウェルト、そしてアッパーとラバーソールの間にくさび状に挟み込んだレザーは、表面をシェイブしてフランスAvel社製のパティーヌ染料で仕上げることができるため、情緒的な色彩を演出することができる。この有機物と無機物のコントラストは、積層されたドレスヒールならではの独特なディテールであり、プロダクトの外見的な美意識として特にこだわった点だ。
このソールを使用した第1号のデザインとして採用したのが、このMonoposto(モノポスト)である。伝統的なベルジャンシューのデザインをモティーフとして仕立てたデザインだが、ネグローニ ならではのこだわりが随所に詰まった商品に仕上がったのではないか。
色彩と素材づかい
優れた色彩が持つ情緒こそが本質的なラグジュアリーであると考えている。新しいドレスヒール仕立てのドライビングソールは、スエードやクロスグレイン型押しのエンボスレザーと相性がとても良かった。今回のコレクションモデルには、ふと足元の合間に覗く素材同士の色あいを、生活の中で情緒的なムードを醸し出す組み合わせを考えた。
ヒールやトリミングテープには、艶のあるウェットトラックカーフを使用して、靴だけでなく、服装との素材のコントラストを楽しめる様にアレンジした。中でもアメリカンブルーやダークネイビースエードとの組み合わせは、ほどよくテーパードがかかったデニムジーンズや、タイトなウールスラックスであったりが抜群に相性が良い。ベアフット(裸足)のスタイルを演出できる様な、丈がごく浅い靴下を着用して軽やかに合わせたい。
そして、今回のローンチに向けてサドルブラウンのホースレザーライニングをあつらえた。このライニングの色彩には、様々な色合いを受け止める寛容性と贅沢さがある。英国自動車のシートレザーに使われているサドルブラウンレザーや、伝統的なホースサドルのカラーを比較しながら、深い味わいのある理想的なサドルブラウンに染め上げてもらった。表面には、長く着用しているうちに色が濃くなりすぎない様にラッカーで色止めを施してある。銀箔とのコントラストも上品に見える。
ディティールは踏襲すべきか。
特徴的なAの形をしたタッセルは、ドイツやスイス、オーストリアに点在するアウトバーン(速度無制限道路)と呼ばれる車線の道路標識のデザインを元にした。かなりコアなコンセプトを持った形状ではあるが、ベルジャンシューのディテールをほんのり踏襲しつつも、優しい手仕事感もあって、とても気に入っている。このタッセル細工は凝ったディテールになっていて、2つに折ったリボン状のパーツをループにしたレザーテープに通し、細かくミシン止めをする。この細かい手仕事の工程が、この靴にしか感じることができない上質なムードを醸し出している。
そして、この靴の意外な特徴は、トップライン(履き口)をカーボンファイバーでブリッジしている部分である。 これは試作の途中で問題解決のために思いついた方法だが、まさにネグローニならではの挑戦的な設計でもある。スリップ・オン最大の弱点であるトップラインの伸びを止めるために思いついた技法だ。普段は意匠として使用することが多いカーボンファイバーの薄さと剛性を活かした。これによって、履き口の張りは強いが、一度履いてしまうとかかとが脱げやすくなる様なトップラインの伸びを抑えることができる。足を入れた際のラスト(木型)寸法はやや厚みのある設計としている。「入口を狭く、中は広く」が設計上のコンセプトである。
木型の設計は、グランプリハイトップやスピアヘッドと同様のソールゲージ(底面の寸法)を採用しているため、サイズ感はこれらのGRSラストの延長線上にあたる。足全体を立体的に捉えるS字カーブのコンセプトはこの木型でも同様に踏襲しているため、まるであつらえた靴の様な上質なフィット感を感じることができる。スリップオン靴の特性上、かかとの脱げを止めるために「甲でおさえるフィット感」であるが、爪先部分の厚みはしっかりと確保してあるため、指先のきつさは感じにくい設計になったと思う。もし甲や幅に強い不安がある場合は、予めカスタマーとサイズの相談してからの作製をぜひお勧めしたい。
Monopostoの可能性
この靴の外装を考えている時に、同時並行でレーシングストライプの歴史を研究していたこともあって、モノポストには数種類のストライプパターンにカスタマイズできる仕様をあらかじめデザインに組み込んである。また、ソールの色やウェルトの色を変えながら、自分だけのパーソナルなカラーリングを作るサービスも計画しているため、モノポストの派生にもぜひ期待して欲しい。